暮らしのスケッチ

2017年6月 2日 (金)

大学院はお得!

大学院学生生活に入り、2か月経過しました。

今年の経済学部大学院経営学科に3名の入学。

修士2年生が9名ですので12名が在籍しています。

一番の年長者は83歳、次が70歳。一番若いのは現役ストレートで入っている22歳。

中国からの留学生が5名。となかなかバラエティ豊かです。

 

これからの仕事に生かすための勉強とはいえ、仕事をしながら単位を取得するのに、授業のとり方を月曜日と木曜日に集中させて、授業が終わるとすぐに仕事場に戻っています。

若い人たちは、院生1年の時から「就活」も視野に入れながらTA(ティーチングアシスタント)もこなしながらの学業です。私も時間があればTA経験したかったなあ。

 

で、83歳と70歳のお二方は、海外赴任も経験されてきた企業役員経験者の方々とのことですので、純粋に勉強を楽しみに来ていらっしゃいます。

このお二方を拝見していますと、実にシニアになってからの大学院っていいもんだなあ。と思います。

まず、「就活」がないので興味ある科目を好きに受講していけること。

もちろん「修士論文」作成がありますので、授業を受けていない時は図書館か大学院生専用研究室で勉強できること。

図書館の本は4週間20冊借り出しできます。

研究室でのコピーも無料、ノートパソコンも共有で使えるものが用意されていますし、Wi-fiも使えるし、学内での保険も自動的に加入済み。健康診断もあります。

あ、それから学割が使えます。通学定期を買いました。学校内書店では1割引きだし。

83歳の方は「僕はねー、時々時間ができると学校のジムに行くんですよ。インストラクターの方がずっと横に付いていてくださるんで安心です。」今どきは大学内にスポーツジムが整備されているんですねー。

 

まあサラッと書き出してみただけで、カルチャーセンターやスポーツジムに行くより、年間授業料のほうが安くつくのではないかと思います。

学校ですので、まずは入学するために入学試験がありますし、大学院は学期末試験はありませんが(たぶんない)、授業のレポート、討論するためのテキストの読み込み、修論のための研究(研究を始めるための始まりの論文?)、という「やるべきこと」はたくさんありますが。

勝手に自分都合で休んだり、レポートをなまけたり、ということはできませんが、とにかくたくさんの本が読めますし、専門家から少人数制で授業が受けられます。

殆どの先生が私より年下で、息子や娘といった年齢の先生方も多く、授業内容は鋭く難しいのですが、なんだかキラキラしたビームを研究室に入ると感じられて楽しいです。

伊能忠敬は50歳の時に隠居して31歳の高橋至時に師事しています。

内館牧子史も2006年に53歳で東北大学の大学院を受験して入学された話は

「養老院より大学院」という著書に詳しいです。

 

さて、始まったばかりの大学院生活です。

めげずに、こけずに、楽しんでいきたいと思います。

 

2017年3月22日 (水)

年度末、

年度末、ようやく今年度最後の提出アーバンイラスト15枚を印刷所に持ち込みました。最終調整をして23日納品、あと一息!。

ここひと月近く、連日夜半まで、正直もう昨日、印刷所の帰りは電車の中で立っているのもやっと!

でしたが、夜、7時。成城大学経済学部境新一先生からお電話をいただき、くらくらフラフラしながら成城学園前の居酒屋に赴きました。

境先生の最新ご著書「アート・プロデュース概論 経営と芸術の融合」の発刊をお祝い、ということで「成城 学びの森」(社会人講座)の有志数名での集まりでした。Ccf20170322_2_2

このメンバーは、先生の著書の中に各それぞれの考察が引用掲載されています。

アートプロデデュース事例と考察の項には、私、木村圭子の作成した分析表が6ページにわたり掲載されています。Ccf20170322_00000

くたびれていたので「すぐに帰ります」と言いつつ、こうした一つの話題を軸に展開していく会話の応酬はおもしろく、くたびれていたのが、逆に元気をいただき、結局最後まで参加しました。

先先生のご著書のお祝いなのに、仲間内での会話に始終して盛り上がってしまい、なおかつ割り勘。ははは。

境先生御用達のチェーン居酒屋成城学園前店舗。安い!おいしい!最後にはスイーツてんこ盛り(笑)でありながら、ひとり3000円でお釣りがきました。おそるべし!!

Ccf20170322_00001Ccf20170322_00002_2





2017年3月 5日 (日)

銀婚式かなあ

もしかしたら今年は銀婚式のような気がします。

結婚記念日すら覚えていない二人ですので、なんとなく「桜が咲いていたよねー」

両親と夫の祖母(当時はまだ90歳でしゃっきりしていました。)と、地元の北澤八幡宮で矢島宮司さんに式を執り行っていただきました。

披露宴はゴールデンウイークの初日あたりに、赤坂のニューオオタニだったと記憶しています。皆さん第一礼装でみえていましたので、なかなかかっこいい軍団でした。

そして、秋になって9月後半に、友人たちと総勢6名でブータンへ。Ccf20170305_00002「結婚記念日っていつだっけ」という問いも、ここ数年は出ることもなく、過ごすことと思われます。まず、うちでは「記念日」というのは唯一、夫の誕生日に「オムライス」を作る。それだけですねー。子供がいないから、あれこれ考えないのかもしれませんねー。

自分で自分に「よくがんばったね」と言うしかなさそうです。!(^^)!

2016年9月23日 (金)

母が逝きました

「そう言うと少しひんしゅくものですが…楽しい式でした。」と口々に感想をいただきました。

母が逝きました。87歳と50日目の810日の早朝。

812日通夜、13日が告別式。お盆にかかってしまいましたので、お坊様も檀家廻りでなかなか来ていただくのは難しい。そうだ、母は確か若いころに洗礼を受けていたはずだ。と、自由葬の形で皆さまに参列していただくことにしました。

葬儀会場は茅ヶ崎駅から近い湘和会堂。

お通夜では、バッハの小プレリュードと小フーガを流して献花。

母は60歳から地元の茅ヶ崎で水彩画を描き始めて、その絵の先生とお友達、そして父母の60年来のご友人に母とのエピソードも踏まえてお話をいただきました。

ロビーには、母の20数年間の描き貯めた絵のアルバムなどを配し、絵のお仲間、裏千家茶道(こちらは70年近いキャリア)のお弟子さん方、など60数名の方々が参列してくださいました。

4姉妹の3女であった母の甥姪の方々も地方から駆けつけてくださり、40数年ぶりにいとこたちと語ることができました。

茅ヶ崎方式というのか、この会堂方式というのか…

1. 1万円までの香典には当日返しをご用意する。

3種類のお引出の品を用意しておいて、お帰りの際にお選びいただく。

お茶・紅茶とクッキー・梅干しとなんとか、を準備。

5000円のお香典の方も1万円のお香典の方も同じ。あとが楽でよいです。

2. 「みなさま通夜振舞の食事はたくさん召し上がります。」

開けてびっくり!寿司、てんぷら、うどんは屋台形式でした。

握りたてを小皿で、揚げたての熱々、茹でたてを素早く。

煮ものその他も、小鉢形式でおしゃれにおいしく、よくみる葬式の通夜会場でなかなか箸が出しにくい、という女性の感想を解消していました。

多めにお願いしていたのが正解。施主側ご飯がぎりぎりでした。ははは。

翌日の告別式はガブリエル、フォーレのレクエム作品48を流しました。

棺は色とりどりの洋花、そして母が長く絵のモチーフにしていたひまわりの花で棺を覆いつくしましたので、さながら花畑のようでした。

おしゃれをするのが好きで、楽しくおしゃべりするのが好きで、華やかなことが好きだった母らしい送り方ができたのではないかと思っています。

母の絵を集めたページを作ってみましたので見ていただけると嬉しく思います。

「ミドちゃんの向日葵」http://sunflowerofmidori.blogspot.jp/

葬儀会場の情報は、結婚式場ほど多くないと思いますが、今回のこの茅ヶ崎駅前の湘和会堂さんは行き届いていました。葬儀会場を「あそこがいいよ」と事前に人に薦めるなどは、普通はできませんけれど。

ここは、母が互助会で積み立てをしていたところでしたので、迷うことなく死亡後すぐに電話をしました。ここから、葬儀が終わるまで、担当者の方々の細かい心遣いというかプロの仕事を見せていただき、安心してお任せできました。

葬儀の日までの遺体の安置のお部屋の用意、葬儀までにお参りに来てくださる方への対応、があり、

遺族の宿泊部屋もビジネスホテル並みの快適な部屋が用意されていました。

その後のフォローも受けていただけるそうで、心強いです。

来週末は、納骨です。

郷里、山陰、島根県松江市のお墓に納骨します。

松江城を望む小高い丘の上の公園墓地です。

マシューボーン「眠れる森の美女」に行ってきた

時々、仕事のアシスタントをしてくれているイラストレーターのmiwaちゃんに

「マシューボーンの優待券があるんだけど…」

「エーッ、うそっ!行かないんですか?行きましょうよ。私行きたかったんですよ。でも今回チケット買えなくてあきらめてたんです。もう、マシューボーンは大好きで「白鳥の湖」なんて4回も観ちゃった上にDVDまで買っちゃいましたもん!!」

今回の公演は16回のみ、気が付いた時には入手不可能だったとか。

彼女は、アリ・セス・コーエンのニューヨークマダムの写真集が大好きで、NYマダムの生き方を目指している。そんな感性の女性なのできっと興味があるとは思っていましたが。

「眠れる森の美女」のキーワード?バラ、黒いバラと赤いバラに合わせて、今日の彼女は黒いワンピースに赤いバックでした。

バレエというよりは古典バレエを組み替えながらのコンテンポラリーダンスでした。

あらぁ、この部分はこんな風に演出しているんだわ。とか、なんとまあお転婆なお姫さんだわ。とか、踊りの足さばきや手の動作体の動かし方も、クラシックバレエ部分と現代ダンスが混ざっているので面白かったのですが、

「上手いのか下手なのか判らないわ、宝塚もこんなダンスあるよね」

「違いますって、ちゃんとこれは計算されたダンスなんです。宝塚と一緒にしないでください!」

怒らりちゃったよ( ̄▽ ̄)

たまにはこんな息抜きもいいですね。

鑑賞後の掛け合いも、なかなか楽しかったです。

 

 

2016年6月22日 (水)

富山に行きました。

富山に行きたかった。

友人の裕子さんが急逝して2年。

そこは富山でも有数の薬種問屋が連なるエリアで、自宅に薬種蔵がつながっています。ここ、彼女の生まれ故郷の富山で「地域コミュニティの場所づくり」を計画し、東京調布の住まいから何度も通って蔵再生を有志の方たちと創り始めていました。富山での作業をその度ごとに携帯メールに写真付きで送ってくれていました。

「いいねいいね、私も参加するからねー」と言いながら、ある日、パタッと連絡が途切れてしまいました。

 

65日の日曜日。この三日前にようやく彼女の元同僚から彼女のだんなさんに連絡がとれて、富山の妹さんにつないでもらうことができました。

ほんとうに突然の訪問にもかかわらず、富山では妹さん姪御さんにもお目にかかれて、彼女の話をたくさんすることができて、彼女が入院してから会うことが叶わなかったのでいろいろもっと話したかったなー、という思いも含めて妹さんとお話ができた時間がとても嬉しかったです。

なんだかやっと彼女のいない時間が受け止められた、という想いです。

お付き合いの期間はそんなに長くないのですが、おそらく最後の一年間の間にメールは仕事がらみですが毎日のようにやり取りして、週1回は会って仕事の後は家で一緒にお酒飲みながら終電まで話して…。だから、入院してポキッと時間が途絶えたときに、そこから彼女との時間をどうしていいのか空中ブラリンだったように思います。

だから富山に行って、彼女の育った場所の空気を感じて、妹さんと話して、やっと気持ちが丸くなった気がします。

ご家族のみなさま、ありがとうございました。

 

今、富山の蔵の家は、姪御さんたちが彼女の思いを形にするために、少しずつ作業を進めているそうです。Ccf20160622_00000


新幹線も開通して近くなったし、街中はセントラムが駅前からたくさん出ているし、サバへしこも美味しかったし、また、富山に行こう、と思う今日この頃です。

2016年1月 1日 (金)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。
20162c
元旦の午後、地元の北澤八幡宮に初詣。
境内社殿の斜め前の一角から富士山を望めます。
今日は、うっすらとシルエットを見ることが出来ました。
例年は、この北澤八幡さまで年越しをして、地元の友人たちと升酒と共に新年の挨拶を交わすのを恒例にしていましたが、今回はちょっくら夜はきついなー、と昼の部でお参りしました。

八幡様にお参りして、富士山も拝して、今年一年またつつがなく健康家内安全お仕事繁栄を願いました。
みんな元気でよい年になりますよ!!!(^^)!
画像は今年の年賀状図案です。毎年干支の動物名の入った植物の絵、それから干支に関わる何かの絵。今年は悩んだぞ、ど、困った時の鳥獣戯画!そうそう、東博に並んで観に行きました、暑い夏の日\(;゚∇゚)/

2015年7月28日 (火)

石見銀山「阿部家」に泊まる

「熊谷家」でのフルート演奏会の終了が午後9時30分。

東京方面からの参加者9名+小泉先生と松江の先生、11名で今夜の宿泊「他郷阿部家」へ向かいます。

遅い時間でしたが、ここから晩御飯宴会が始まります。ごちそう!Photo_2


まず個々に前菜3種、岩のりソースのごまどーふ、このごま豆腐が薄い板状にしたものをくるくるっと巻いてあるので、一瞬わかりませんでした。それから岩ガキ、岩ガキは事前に電話でアレルギー確認をしてくださいました。

牛のタタキサラダ、生麩の付け焼き、一口コロッケの説明は忘れました。柚餅子バターも甘くない方の柚餅子で酒のあてに美ん味です。ガラスの器のトマトには蕗の葉っぱで蓋がしてありました。

そして、ヘノコの出汁茶漬けにしじみ汁。しじみはおそらく神西湖のだと思われます。

お酒をいただきながら、楽しくお話をしながら、食べれちゃうものですね。美味しくて。

シアタールームというのか、蔵の改造バールームへ移動して、阿部家改修記録フィルムを見ながらデザートにティラミス。コーヒーと野草茶、そして三瓶の水はおいしい。ごちそうさまでした。

朝、みんなで集まってごはん。Photo_3


朝ご飯は、宿の、というか、群言堂の、というか、女主の松場登美さん手ずから整えてくださいます。パンはこの地で発見された梅から抽出した「梅花酵母」を使って発酵させているそうです。

ここ他郷阿部家は築220年の武家屋敷を修復して人の暮らしの営みの中でお客さまを迎えている、暮らしを見つめる時間をもらえる宿だと思います。

阿部家の台所、賑やかで楽しげで、おいしいご飯のステージ裏でありながら、おくどさんも流しもガス代も調理器具も、いろいろな壺や籠やすりこ木や道具たち、そして食材たちがみんなで歌を歌っているようなおもしろさを感じます。Photo_5

ご飯を食べながらそんなオーケストラフルセットのような空間、次はきちんと描けるように再度訪問したいと思います。

朝ご飯が終わったら、登美さんが「無邪く庵」や、あたらしく改修を始めた家やらまちなかを案内してくださいました。

この伝統的建造物群保存地区で、建物外観を壊さず、まちなみを壊さず、暮らし、ということを発信しているところだと思います。

ここは世界遺産に登録されましたが、派手な観光地ではありませんし、交通の便もいいとは言えない、そこから発信される「群言堂・阿部家」の「あるべきものの意識」はとても興味深いです。

今まで出版されている松場登美さん関係の著書が3冊プラスこの5月に出版された松場大吉さんの話と写真集の2冊組に、この「群言堂・阿部家」の基本思想が書かれています。

「熊谷家」「石見銀山生活文化研究所・群言堂」「中村プレイス」、大森の文化を継承して、それぞれ少しずつ違うんだけど、それぞれがこの銀のまちの柱なんだろうと思いました。

ここから銀の道を通り、温泉津まで、そこにある繁栄の歴史をゆっくり見てみたいと思います。

 

2015年7月20日 (月)

石見銀山「熊谷家」夏の雑もの茶会

6月27日、午後6時から熊谷家「夏の雑もの茶会」が始まりました。

「雑もの茶会」とは茶道が確立する以前に普段使いの器でお茶を楽しんだことにちなんだお茶会として、参加者がそれぞれ自分の家の器、お茶が点てられるならなんでもあり、を曰因縁故事来歴をつけて持参し、お茶を楽しむ、という趣向です。

まずは小泉和子先生のお話を伺いながら、ミニ懐石を楽しみまPhoto_2す。

これらの食事もお菓子も、この熊谷家を運営している「家の女たち」の献立づくりから始まる手作りの品々です。

地域の伝統料理「箱寿司」

とびっこのお吸い物

コロッケ2種(明太子味・カマンベール+トマト)

お菓子も季節に合わせた梅をモチーフにした優しい黄身餡のういろう練りきりです。このあたりの裏話は副館長の大田さんからお話を伺います。

お茶も手作りの野草茶、漬物は長いもの梅酢漬け・きゅうりの香味漬け。

 Photo_4

参加者は30名。座敷を3つ、床に網代を敷いて、御簾は巻き上げて、一つの空間に設えてあります。灯りも行燈型のオリジナルデザイン。

食事が終わると、お菓子とお抹茶の時間です。どなたの持ってこられた器が自分のところに来るのかは不明です。

お茶をいただきながら、スライドで本日の器の紹介が始まります。「家の女たち」のスタッフの方のとても流麗なナレーションとともに、それぞれの器の由来や思い入れなど物語が繰り広げられます。

抹茶碗というのではなく、それぞれの楽しみで持って見えていますので、さまざま普段ではこれでお茶を点てるかいな?というものも登場します。万古焼の湯冷ましとか、夫とペアの100均マグとか、中には金城氏のお茶碗もあれば、京焼の夏茶碗、などもあり、多種多様。

私の持参した器の由来は、以下。これは私のつれあいのお気に入り。

小井戸茶碗擬

「藤村の一膳飯碗」Photo_6

由 来

一九七二(昭和四七)年だったように思いますが、普段は信越線の急行で通り過ぎるだけの小諸で、何かの都合で時間があり、「藤村の一膳飯」なる名前に惹かれて駅弁を買いました。 

中身や味は、横川の釜飯に似てはいるものの、より素朴な味付けを含めた設えなのに好感を持ったという以上の記憶はないのですが、器が気に入り、重いのをいとわず、家に持ち帰りました。 

「ひしや」というお弁当屋さんの発売で、この小井戸茶碗「もどき」の形の枇杷色の器は一九六四(昭和三九)年の発売当初からのもののようです。

この器は、その後、抹茶碗風ながら半筒型と呼ばれる形の灰色釉の勝ったものに変わり、さらには、ご多聞に漏れずプラスチック製になってしまいました。

沿 革

大きさが手ごろなので、以来、糠漬、奈良漬あるいは白菜漬けなどの漬物とか「炊込み飯」や「おこわ」の器などに重用し続けております。

すでに齢四〇年を超え、内側の釉薬の「垂れ」もそれなりの「景色」になってきていますが、一方で、さすがにひびが入ってきましたので、漆と金で繕ってあります。

さて、この熊谷家は享和元年(1801)建設の毛利家家臣、銀山附役人の家であり、鉱山業、酒造業、そして代官所御用達の有力な商家であったそうです。主屋、米蔵、雑蔵は享和元年のまま現存、その後、衣装蔵、道具蔵など増築され明治元年(1868)に屋敷構えが整いました。

江戸時代の後期から末期にかけての石見銀山御料の有力商人の生活・身分の変遷を示す民家建築として平成10年に重要文化財に指定されました。そして平成13年に大田市に寄付され、ここで平成13年度から17年度まで行われました。

おそらくかなりの長く人の手の入っていない家屋の家財調査から始まるのですが、この調査を行ったのが地元の素人の女性たちでした。

この調査方針を立てた小泉先生の呼びかけで、地域の7人の女性が参加し、小泉先生の指導を受けながら家財調査を始めました。埃だらけ、ネズミだらけのあれやこれやを廃校になった学校の体育館に運び込み、計測、写真撮影、名称確認など行い、そしてその作業の中から各人の得意分野の傾向がわかったところからまたそれぞれが突っ込んで勉強をしていったのだそうです。

当然ながら、熊谷家の勉強から地域の勉強へと広がっていきますので、この地域の行事や生活習慣についても知識が蓄積され、この熊谷家住宅の展示の準備にも関わっていきました。

ここからもまたすごいです。調査した家財の傷みが激しく、そのままの展示がむつかしい。で、なんと、古布団から座布団を、破れ袴から信玄袋を、ここまでならばまだしも郷土料理の数々、展示物を自分たちで作ってしまったのです。布で作ったごちそうなんて天ぷらから刺身まで思わず見入ってしまいます。

酒造場の復元でも自分たちで学習し作業パネルを作成、展示しています。

このとき、「7人のもったいない女たち」は、素人から民間の民族研究者・キュレーターになっていきました。

平成18年の一般公開からは「家の女たち」として、熊谷家を運営し、来館者へのガイドを行い、四季折々のイベントを組み立てています。

そんな「家の女たち」のもてなしは、茶会の後の漬物と野草茶をいただきながらの参加者自己紹介、そしてフルート演奏会が用意され、すてきなひと時を紡いでくれました。

Photo_7

2015年7月19日 (日)

そうだ、本を読もう!

読んだ本の話がいつか書けるといいのにね、と思っていました。ある研究会で出会った方々と研究会のメインテーマではないのですが、どんな本を読んできたのか、専門書以外で、を聞かれました。

おもしろいのは、例えば小説が今このときの仕事に直接関わるわけではないのだけれど、読んでいる中の取り扱われている時代やその中の背景が、きちんとした裏づけで書かれている小説は、半端なネット検索よりも実はとても勉強になる、ということが多いですよね。と思っています。

そんなんで読んできた本の話を書いてみたいと思います。

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O山A子さま宛てのメール(40代、コミュニティスタイリスト?)

私が今、興味深く観察中のものの一部ですが

・石見銀山「熊谷家住宅」http://kumagai.city.ohda.lg.jp/

添付ファイルを見てもらうとわかりますが、面白いことをたくさんやっています。独自イベントもHPに随時掲載されています。

総合プロデュースの小泉和子先生「昭和のくらし博物館」はhttp://www.showanokurashi.com/

・群言堂 http://www.gungendo.co.jp/?cat=24

図書館で本を借りてみてください。

.起業は山間からー石見銀山群言堂 

2.群言堂の根のある暮らし

3.他郷阿部家の暮らしとレシピ

そしてこの5月に平凡社から出版された2冊組「ぐんげんどう」2冊組。1冊は写真集になっています。

さて、もしもまだお読みになっていないようでしたら、ぜひお勧めしたいのが

・北村薫の一連のもの。日本語がきれいです。そこここに日本の文化エッセンスが散りばめられています。

その中でもこの3冊連作はぜひ読んでほしい。

街の灯』(文藝春秋、2003年)のち文庫 虚栄の市 / 銀座八丁 / 街の灯

玻璃の天』(文藝春秋、2007年)のち文庫 幻の橋 / 想夫恋 / 玻璃の天 

鷺と雪』(文藝春秋、2009年)のち文庫 不在の父 / 獅子と地下鉄 / 鷺と雪 

それからこの作家のデビュー作シリーズ

『空飛ぶ馬』(東京創元社、1989年) - デビュー作 のち文庫 織部の霊 / 砂糖合戦 / 胡桃の中の鳥 / 赤頭巾 / 空飛ぶ馬

『夜の蝉』(東京創元社、1990年)のち文庫、双葉文庫 朧夜の底 / 六月の花嫁 / 夜の蝉

『秋の花』(東京創元社、1991年) - 初の長編作品 のち文庫

『六の宮の姫君』(東京創元社、1992年)のち文庫

『朝霧』(東京創元社、1998年)のち文庫 山眠る / 走り来るもの / 朝霧

なんと、このシリーズ、最後の朝霧から17年を経て同じ人物の語りで

太宰治の辞書』(新潮社、20153月) 花火 / 女生徒 / 太宰治の辞書(書き下ろし)

が出版されました。涙が出るほど胸が高鳴りました。

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E本 Tさま宛のメール(80代前半男性、デザイナー)

こんばんは。お返事ありがとうございます。

 

北村薫(男性作家ですが)の小説の、O山さんに一番押しのシリーズは語り手が女子学生なので、時代は2.26事件の頃の世相の話ですが、普段小説を読まれていないE本さんには読みづらいかもしれませんね。

 

お話していました、正岡子規と漱石の話は、伊集院静「ノボさん」です。これは2013年講談社から発売、第18回司馬遼太郎賞を受けています。

 

伊集院氏は恋愛小説で女性には受けていますが、実は硬派だと思います。「いねむり先生」「機関車先生」そして「少年譜」などが好きです。

 

現代作家の歴史小説では、山本兼一が好きです。「銀の島」「利休にたずねよ」「花鳥の夢」「おれは清麿」など、「とびきり屋見立て帖」シリーズは京都の骨董屋が舞台で維新前後の人物が動いていて、これも面白い。

 

浅井まかては「先生のお庭番」を読んでからこの作家のものはほぼ目を通しています。

 

男性の方が読みやすいと思われる著者と、女性の方が共感しやすい本はちょっと違うと思いますので、いかがでしょうか?

 

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北村薫の「太宰治の辞書」、手に取ったときはもう嬉しかったです。

太宰文学は、私にとって忘れられないある事件がありました。

今から40年ちょっと昔、まだ私が福岡の女子高校生だった頃、現代国語のミニテストで、零点だったことがありました。現代国語だけは全校模試で5番上位をキープしていた私が(英語は100番落ち^-^;)零点!大好きな国語のK先生に理由を尋ねに行きました。

設問は夏目漱石の文章についての記述式だったと思います。先生曰く「あなた、この答えは太宰の文章に対してならば全問正解。夏目は解釈が違う。高校1年で太宰に傾倒するといろいろ差し障るので当分は太宰禁止」。

今年に入ってから読んだ本のタイトルは全部覚えていませんが、いやはや仕事や研究会などで必要的に読もうと思った本、まちづくり、マーケティング、ブランディング、など関係でたぶん30冊は読んでるな。合間にとにかく頭を切り替えるために読んでいる小説などは今のところ10数冊かな。

「里山を創生するデザイン的思考」里山十帖の成功の法則。このリスクとか見通す信念とか、そうしたことをどんなふうに引き受けていくのかとか、うーん…体力がいるよねー。

「こんなまちに住みたいな」遠藤安弘先生のまちづくり参考本。基本のスタンスをもう一度原点に戻らせてくれる本だと思います。

ではまた。

 

 

 

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